DiaryYumiko Sakuma

NYシティ・マラソンを見て考える

DiaryYumiko Sakuma
NYシティ・マラソンを見て考える

珍しくニューヨーク・シティ・マラソンの週末にブルックリンにいた。もう何年も前に、ブルータスで取材をして、ゴールに入ってくる人たちを待ち受けたことがあった。彼らの顔は、喜び、達成感、痛みなどたくさんのエモーションに満ちていて、ああ、きっと私はこの感情を知ることなく年を取っていくのだなあと思ったのを覚えている。へたれなので、私も走ろう、という気分にはならなかった。

この日も、しばらく沿道で走る人たちの姿を眺めた。途中、何人か友達と会った。インスタグラムのタイムラインがマラソンの写真で埋まっていく。交通が麻痺するとかブツブツ言いながらも、ニューヨーカーたちはやっぱりこのイベントが好きなのだ。レースはスタテン・アイランドをスタートし、ブルックリンを北上して、うちの横を通ってクイーンズに入る。ざっくり言うと、だいたい半分くらいというところか。5万人が参加するレースなだけに、午前中から何時間もの間、ずっとランナーたちが通過していく。涼しい顔の人もいれば、苦痛に満ちた顔の人もいる。コスチュームを着ている人もいるし、セルフィーを撮っている人もいる。若者もいるし、けっこうなお年の人たちもいっぱいいる。私からすると、全員、スーパーヒーローだ。家でも、スタジオからも沿道でランナーたちに声援を送る人たちの声が聞こえてきて、勝手に励まされた。

ところで今回、ニューヨーク・タイムズのおかげで、1977年に優勝したゴーマン・ミチコ(アメリカではミキ・ゴーマンさんとして知られていた)さんのことを知った。家政婦としてアメリカに渡り、痩せた自分を苦にして、「運動すれば体重が増えるのでは」と考えた夫の勧めでジムに通い始め、そこからランナーになったというゴーマンさんは、ニューヨーク・マラソンを走った頃には、もう40歳を過ぎていたという。いつか自分も「走ろう」という気分になったりするのだろうか。と、うっかり夢を見そうである。

備忘録:ミキ・ゴーマン、女性マラソンのパイオニア(The New York Times)