DiaryYumiko Sakuma

感謝祭に考える

DiaryYumiko Sakuma
感謝祭に考える

今年は感謝祭の休みにジャマイカに来た。大切な女友達のバースデーを祝うために家を借りようと前々から計画していたら前後が日本で仕事になってしまい、ロジスティクスが大変になったけれど、心からリラックスした長めの週末、船に乗ってバーに行ったり、カヤックしたり、プールサイドでゴロゴロしたり。ときには街に行ったり。思えば、何かを見たりするためではない、だらっとするための休みは久しぶりで、体が喜んでいるのを実感する。

感謝祭は、何かを感謝するためのホリデーということになっている。コロンブスがネイティブ・アメリカンを虐殺してアメリカを制圧したことでアメリカは成立したわけで、ネイティブ虐殺記念日という裏のニックネームがあるくらいなので、「私は感謝祭は祝いません」と表明する人たちもいる。近年では翌日のブラック・フライデーというアメリカ年末商戦の皮切り戦があるので「買い物しません」と表明している人もいる。それでも何かに感謝するという習慣には意味があると思う。

今年はまたもややりたいことを追いかけ続けいてたら、終わりそうな勢いである。が、そうやってどんどん時間が経っていくということは、飽きてないということだ。最近、自分がいっぱいいっぱいなときに、やってきたチャンスに「ノー」と言いそうになる自分を発見する。これはヤバい傾向である。おもしろそうなことには全部イエスと言おう、というポリシーに挫けたら負けである。それを発見できたことだけで感謝。そして、My Little New York Timesという新著が出るにあたり、毎日、ネタを提供してくれるアメリカの抵抗の戦士たちに感謝したい。絶望的な気持ちになることも多々あるけれど、やっぱり世の中は前に進んでいる。

備忘録:ブラック・フライデー・ボイコット:インディ系ブランド、思慮深い消費を促進する(Yahoo News)