DiaryYumiko Sakuma

性別分断について思うこと

DiaryYumiko Sakuma
性別分断について思うこと

連日、トークやら取材やらで人と話をする機会が増える。で、気がついたことがひとつあるのです。どうやら、女性には私は優しく、男性には強く(おそらくちょっと怖く)見えるらしい。性によって、見え方が違うということはよくあるけれども、それにしても同じトークを見た人から、180度違う認識を聞くとつくづく考えさせられる。

実は今年、知り合いの男と喧嘩になったことがある。ファッション業界にいながら、アジア人特有のミソジニー発言を頻繁にすることで女子からちょいと評判の悪い彼は、ディナーの席で「女は、必ず男に支払いをさせようとしている」「女は、男に面倒を見てほしがっている」と持論を展開し始めた。おいおいちょっと待ってよ、私、あんたにご飯おごったことあったよね?と詰め寄って、最後には論破したのだが、そのあともしばらくムカムカしていた。そしてその後、彼に言ったのは、「自分の世界は、自分が作っている。『女は〜〜だ』と思うとしたら、あなたの周りにいる女性たちがそういうタイプだということで、それを世界のすべてだと思うのは傲慢だ」と。

よく考えてみると、男に生まれるか、女に生まれるか、ということは、5割の確率でどっちにあたるか、という話である。深夜家に帰ってベッドの中で、Twitterをスクロールしているときに、男性の「フェミ厨は」的な嫌悪感丸出しのつぶやきを見ることがある。げんなりしつつ、自戒も込めて思うのは、私たちはみんな「男だ、女だ」という前に、「みんな人間だから」ということを忘れがちなことである。こういう時代ならなおさら。

と、前置きが長くなりましたが、こういうことも含めて、広い意味でもう一度、みんないろいろあるんだよ、という気持ちを込めて、新しい連載のテーマは、ダイバーシティです。いろんな角度から人間のアイデンティティ問題を再考したいと思います。人にはいろんなコンディション(刷り込み)がある、ということを理解して、お互いにもうちょっとだけ優しくできたらいいよね、という思いを込めて、「みんなウェルカム」というタイトルをつけました。スタートは、自分がニューヨークに行った思い出話から。これからまたお付き合いいただければと思います。

備忘録:どうしてみんなと同じにできないの(幻冬舎プラス)